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第八話 暗闇の手

Author: 春野ケイ
last update Petsa ng paglalathala: 2026-11-01 18:57:11

光の向こうで、久世が濡れていた。

髪から雨のしずくが落ちて、スーツの肩が黒く色を変えている。傘は持っていなかった。手に提げた鞄まで、水が滴っていた。

「……なんで」

それしか言えなかった。

「二次会、抜けてきた」

「接待でしょう」

「一次会で、話はまとまってた」

久世は靴を脱ぎ捨てるようにして上がってきて、私の前にしゃがんだ。スマホの光が、私の顔の少し下を照らした。まぶしくないように、向きをずらしてくれたのだとわかった。

「大丈夫って、送ったのに」

「大丈夫って送ってくるやつは、だいたい大丈夫じゃない」

「……私、そんなにわかりやすい?」

「電池の残りまで気にしてる時点でな」

言い返そうとしたとき、玄関の磨りガラスが白く光った。

肩が跳ねた。目を閉じる前に、自分の手がどこにあるのかもわからなくなった。

音が来た。

雷鳴が家を揺らしているあいだ、膝の上で握りしめていた私の手に、何かが触れた。

冷たかった。雨に濡れた、大きな手だった。

それが、私の手を包んだ。

音が遠ざかっていく。私は、ゆっくり目を開けた。

いつのまにか、スマホの明かりは消えていた。
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